こんにちは、あいです。
伊勢に住んでいると、天気のいい日にふと東の空を見上げたとき、低いけれどどっしりした山がひとつ見えます。朝熊山 (あさまやま) です。正確には朝熊ヶ岳 (あさまがたけ) という名前で、標高はおよそ 555 メートル。伊勢志摩のあたりでは、いちばん高い山なんだそうです。
ずっと「いつか朝に登ってみたいなぁ」と思っていたんですけど、なかなか腰が上がらなくて。7 月に入って、ようやく朝早くに歩いてきました。夏の伊勢の日中はほんとうに暑いので、山を歩くなら朝しかない、というのが正直なところです。
今日は、その記録です。観光の案内というより、「在住者が朝に歩いてみたらこうだった」というメモとして読んでもらえたらうれしいです。

「朝熊かけねば片参り」という言葉
歩く前に、おじいちゃんに「朝熊山に登ってみようと思うの」と話したら、まず教えてくれたのがこの言葉でした。
伊勢へ参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り
伊勢音頭の一節として知られているそうです。「お伊勢参りに来たなら朝熊にも寄りなさい、寄らなければ片方だけの参拝になってしまうよ」という意味だと、おじいちゃんは説明してくれました。
朝熊山の山頂近くには金剛證寺 (こんごうしょうじ) というお寺があって、古くから神宮の鬼門 (北東の方角) を守るお寺と伝えられています。神宮に参ったあと、この山にも足を運ぶ。それがかつての参宮のかたちだったようです。
ただ、この歌がいつごろから歌われていたのか、どこまでが史実でどこからが後世の言い伝えなのかは、あたしにはよく分かりませんでした。おじいちゃんも「そういうのは、だいたい諸説あるんだ」と言っていたので、ここでは「そう伝えられている」というところまでにしておきますね。
朝熊岳道を歩く
朝熊山には、車で上がる道 (伊勢志摩スカイライン) と、歩いて登る道があります。今回は歩く道、朝熊岳道 (あさまだけみち) を選びました。
近鉄の朝熊駅から歩きはじめて、山頂まではだいたい 1 時間半から 2 時間くらい。あたしはのんびり歩いたので、もう少しかかりました。
登山道というより、昔から人が参るために使ってきた道、という感じの登り道です。石段や石畳が残っているところもあって、「ここを何百年も人が歩いてきたのかぁ」と思うと、足の裏の感覚がちょっと変わります。
町石を数えながら歩く
歩いていて楽しかったのが、道沿いに一定間隔で置かれている石の標識でした。町石 (ちょういし) と呼ばれるもので、あとどれくらいで着くかの目印になります。
数字がひとつ進むたびに「お、進んでる」と分かるので、しんどい登りでも心が折れにくいんです。あたしみたいに体力に自信がない人間には、これがけっこうありがたかったです。
途中に残る、ケーブルカーの跡
道の途中で、あきらかに人工的な平らな地面や、コンクリートの構造物みたいなものが目に入ります。
おじいちゃんによると、昭和のはじめごろ、この山にはケーブルカーが通っていたのだそうです。戦時中に廃止されて、線路も撤去されてしまった。いま残っているのは、その跡だけ。
森に還りかけているコンクリートを見ながら、「20 年ごとに建て替えて 1300 年続いてきた神宮のすぐ隣で、たった 20 年くらいで消えてしまったものもあるんだなぁ」と、なんとなく考えてしまいました。
山頂と、伊勢湾の眺め
登りきると、視界がぱっと開けます。
眼下に伊勢湾。海の色が、朝の光でうすい水色から銀色っぽく変わっていって、その向こうに鳥羽のほうの島影がぽつぽつ浮かんでいます。振り返れば、内宮のある森のほうまで見渡せる。
伊勢って、平地から見ていると「町」と「森」と「川」がばらばらにあるように感じるんですけど、上から見ると全部つながっているのが分かるんです。五十鈴川がどこから流れてきて、どこで海に出ていくのか。神宮の森がどのあたりまで広がっているのか。御料地まわりの散歩コース で書いた宮域林も、上から見るとほんとうに大きな緑のかたまりでした。
冬のよく晴れた日には、富士山が見えることもあるらしいです。7 月のこの日は、水平線のあたりが白くかすんでいて、遠くまでは見えませんでした。これは冬にもう一度来るしかないですね。
金剛證寺で、お作法を間違えた話
山頂の近くにある金剛證寺にも、お参りしてきました。
そこであたし、やらかしました。お堂の前で、いつもの調子で手を打ってしまったんです。ぱん、ぱん、と。

打ってから「あっ」と気づきました。ここ、お寺です。
神社では二拝二拍手一拝ですけど、お寺では拍手は打ちません。静かに手を合わせて (合掌して)、お辞儀をする。頭では知っていたはずなのに、伊勢にいると神宮のお参りの動きが体に染みついてしまっていて、つい手が出てしまいました。
あとでおじいちゃんに話したら、「まあ、朝熊は昔から神さんと仏さんが並んでる山やから、間違えるのも無理はない」と笑われました。フォローなのか、笑われているだけなのか、微妙なところです。
でも、これは書いておいたほうがいいなと思いました。神宮に参ったその足で朝熊山に来る人は、たぶん同じ動きをしてしまうと思うので。お寺では拍手を打たない。あたしみたいに恥ずかしい思いをしないように、ぜひ覚えておいてください。
奥之院の卒塔婆
金剛證寺の奥之院へ続く道には、背の高い卒塔婆 (そとうば) がたくさん並んでいます。
この地域には岳参り (たけまいり) という風習があって、亡くなった方の供養のために朝熊山へ登る、という習わしが伝わっているそうです。あたしはこの日、ここでは写真を撮らずに、ただ通らせてもらいました。観光の場所というより、いまも人が手を合わせに来る場所だと感じたからです。
おじいちゃんが話してくれた、山の朝のこと
家に帰って、山頂から見た海の話をしていたとき、おじいちゃんがぽつりと言いました。

「あの山はな、伊勢の人間にとっては、天気予報みたいなもんやったんや」
朝、朝熊山に雲がかかっているかどうかで、その日の天気をなんとなく判断していたのだそうです。「山に笠がかかったら雨が近い」というような言い方をしていたと。
もちろん、いまはスマホを見れば天気は分かります。でも、毎朝おなじ山を見上げて、雲のかかりぐあいで一日を組み立てていた時間が、この町にはずっとあったわけです。
あたしは天気予報を確認してから登ったのに、山の上で汗だくになって「思ったより暑いなぁ」と言っていたので、たぶん、おじいちゃんのほうがずっと山と仲がいいんだと思います。
夏の朝に歩くときの、在住者としてのメモ
最後に、この時期に歩くなら気をつけたいことを、思いつくまま書いておきますね。
- とにかく朝早く: 7 月の伊勢は、9 時を過ぎるともう本気で暑いです。歩くなら 6 時台から。下山までに気温が上がってくるので、登りより下りのほうがしんどい日もあります
- 水は多めに: 途中に自販機がある前提で歩かないほうが安心です。あたしは 1 本では足りませんでした
- 虫と草: 夏の山道なので、虫はふつうにいます。長い袖が一枚あると気が楽です
- 足元: 石畳や石段は、朝は湿っていて滑りやすいところがあります。サンダルで行こうとして、おじいちゃんに止められました
- 下りの選択肢: 「登りは歩いて、帰りは別の手段で」と考えている場合は、その日の運行状況を事前に確認しておいてください。ここは天気や季節で変わるので、断定は避けておきます
まとめ
朝熊山は、伊勢に来た人が必ず行く場所ではないと思います。神宮と、おかげ横丁と、それで一日はすぐ終わってしまうので。
でも、「伊勢がどういう地形の上にある町なのか」を体で分かりたいなら、一度この山に登ってみるのはおすすめしたいです。神宮の森も、五十鈴川も、伊勢湾も、鳥羽の島も、全部いっぺんに視界に入るので。二見浦 のほうまで含めて、伊勢志摩というひとかたまりの土地なんだな、と腑に落ちる感じがありました。
在住者としては、これから朝熊山を見上げるたびに、「あの上を歩いたことがある」と思えるようになったのが、ちょっとうれしいです。おじいちゃんの言う「山の笠」も、これから毎朝ちゃんと見てみようと思います。
次は、冬の空気が澄んだ日に登って、富士山が見えるかどうか確かめてきますね。
それじゃ、また次の記事で。