伊勢市駅から内宮まで歩く ― 区間ごとに変わる街の表情

こんにちは、あいです。

伊勢市駅の改札を出ると、多くの人がまっすぐバスのりばへ向かいます。内宮まではバスが一本で行けるので、それがいちばん確実で、実際あたしも普段はそうしています。

でも先日、朝いちばんの涼しい時間に「駅から内宮まで、全部歩いてみたらどうなるんだろう」と思い立って、実際に歩いてみました。距離にしておよそ6キロ、途中の寄り道を入れて2時間ちょっと。

歩いてみて面白かったのは、所要時間そのものよりも、同じ「伊勢」の中で街の顔が何度も切り替わっていくことでした。今日はその区間ごとの表情を、地図の上の一本の線ではなく、いくつかの違う場所の連なりとして書いてみます。

なお、「そもそも歩くべきか、バスに乗るべきか」という判断の話は外宮から内宮への移動 ― 徒歩とバス、在住者目線で選び方を整理するの記事に書いたので、今日はそちらには踏み込みません。この記事は、あくまで「歩いた人が何を見るか」の記録です。

あい:立ち姿で挨拶

区間1:駅前 ― 商店街の顔をした参道

伊勢市駅は、JR参宮線と近鉄山田線が乗り入れています。改札を出て北口・南口のどちらに降りるかで、最初の景色がかなり変わります。

朝の伊勢市駅駅舎

出典: JNR583, Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

外宮へ向かうなら南口です。駅を出るとまっすぐ外宮の方角へ道が伸びていて、この通りが「外宮参道」と呼ばれています。距離としては数百メートル、歩いて5分ほどしかありません。

面白いのは、この区間が参道でありながら、完全に商店街の顔をしていることです。飲食店やお土産物屋さん、宿が両側に並んでいて、朝早いとまだシャッターが下りているお店も多い。神域に向かう道というより、普通に人が働いて暮らしている通りです。

でも、道の先に目をやると、突き当たりに外宮の森がぬっと見えている。日常の商店街の景色の奥に、いきなり深い緑の塊があるという、この落差が伊勢の街のいちばん伊勢らしいところかもしれません。歩いて初めて分かるのは、この「森が近づいてくる感じ」です。バスだとこの数百メートルは一瞬で通り過ぎてしまいます。

区間2:外宮の森 ― 街が急に途切れる

外宮の入口にある火除橋(ひよけばし)を渡ると、そこから先は完全に別の場所になります。

砂利の参道に足を乗せた瞬間、音が変わるのです。アスファルトの上をコツコツと歩いていたのが、じゃり、じゃり、という低い音になって、両側の木が高くなって、気温がすっと下がる。夏に歩くとこの変化がとくにはっきり分かります。7月の朝でも、森に入ると本当に涼しいのです。

あい:暑い

……とはいえ、森を出るとまた暑いのですけれど。

外宮そのものの参拝の話や、外宮に固有の意味については外宮(豊受大神宮)の独自性で書いたので、ここでは「街歩きの区間」としてだけ触れておきます。神宮司庁公式サイトでも案内されているとおり、神事は外宮から内宮の順で行われる慣わしですので、駅から歩き始めた人は自然と外宮を先に通ることになります。駅からの道順と参拝の順序が、そのまま一致しているわけです。

歩いていて気づいたのは、外宮の森は街のど真ん中にある、ということでした。周りは普通に道路が走っていて、車も通る。それなのに、橋を一本渡っただけで街の音が遠のく。地図で見ると「駅のすぐ近くに大きな緑地がある」だけですが、歩くと、街と森の境界線の薄さが体で分かります。

区間3:御幸道路 ― いちばん長くて、いちばん単調な区間

外宮を出て内宮へ向かうと、ここからが全行程の大部分、5キロ近くの区間になります。

正直に書くと、この区間がいちばん長くて、いちばん単調です。御幸道路(みゆきどうろ)は幅の広い道路で、歩道はきちんと整備されているのですが、基本的にはずっと同じような景色が続きます。並木の区間は気持ちがいいものの、車がそれなりに通るので、静かな散歩道という感じではありません。

あい:歩いている

ここで街の表情はもう一度変わります。駅前の商店街でも、外宮の森でもなく、参拝とはあまり関係のない、普通の伊勢の郊外になるのです。マンションがあって、学校があって、コンビニがあって、そこで暮らしている人の車が走っている。

あたしはこの区間が意外と好きでした。観光の伊勢と、生活の伊勢が、同じ道の上に重なっている感じがするからです。ただ、7月の日中にここを歩くのはあまりおすすめしません。日陰が続く区間が限られているので、歩くなら朝の早い時間を選んだほうがいいと思います。飲み物は歩き始める前に用意しておくと安心です。

区間4:宇治橋前 ― 三度目の切り替わり

御幸道路をずっと歩いていくと、内宮に近づくにつれて、道の様子がまた変わってきます。

建物の背が低くなって、瓦屋根が増えて、道の幅が少し狭くなる。そして最後に、宇治橋の前の広場に出ます。ここでまた街の顔が切り替わるのです。駅前の商店街とも、郊外の御幸道路とも違う、参拝客を迎えるためにつくられた町並みがそこにあります。

宇治橋

出典: N yotarou, Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

駅から歩いてきて宇治橋にたどり着くと、この鳥居がまったく違って見えました。バスで来ると「着いた、さあ参拝しよう」なのですが、6キロ歩いてきた後だと、「やっと来た」という気持ちが先に立つのです。同じ場所なのに、どうやって来たかで見え方が変わるというのが、この日いちばんの発見でした。

おじいちゃんに言われたこと

あい:座って話す

歩いた日の夕方、おじいちゃんにその話をしたら、こう言われました。

「昔の参宮客は、何日も歩いてきたんやからな」

そう言われて、はっとしました。あたしは電車で伊勢市駅まで来て、そこから6キロ歩いただけで「やっと来た」と思ったのですが、街道を歩いて参宮した時代の人たちにとっては、伊勢市駅にあたる場所に着いた時点で、まだ道の途中だったわけです。

おじいちゃんは続けて、「駅からの6キロは、その最後の6キロなんやろな」というようなことを言っていました。参宮街道を何日もかけて歩いてきた人が、最後に通った区間。あたしが歩いた道は、当時とは道筋も景色も違うのだと思いますが、「歩いて内宮に着く」という体験の形だけは、たぶん昔とそう変わらないのかもしれません。

そのあと「まあ、お前は途中でアイス食べとったやろ」と笑われてしまいました。……食べました。区間3の途中のコンビニで。暑かったので。

あい:てへ

まとめ ― 一本の線ではなく、四つの場所

伊勢市駅から内宮まで歩いてみて分かったのは、この道が一本の均質な道ではなく、性格の違う四つの区間の連なりだということでした。

  1. 駅前 ― 商店街の顔をした参道。奥に森が見えている
  2. 外宮の森 ― 橋一本で街の音が遠のく
  3. 御幸道路 ― 長くて単調。でも生活の伊勢が見える
  4. 宇治橋前 ― 参拝客を迎えるための町並み

在住者としては、この四つが同じ市内に並んでいることを、普段はあまり意識していません。車やバスで移動していると、区間の境目が体感として残らないからです。歩くと、境目のひとつひとつが足に残ります。

訪れる方へは、全区間を歩くことを無理におすすめはしません。特に夏場は体への負担が大きいですし、時間も読みづらいです。ただ、もし時間と体力に余裕があって、朝の早い時間に伊勢市駅に着く日があったら、駅前から外宮までの数百メートルだけでも歩いてみるのはどうでしょうか。商店街の奥に森が見えてくる、あの数分だけでも、この街の作りが少し分かる気がします。

それでは、また次の記事で。


出典・参考: 神宮司庁公式サイト(isejingu.or.jp) / 伊勢市公式サイト(city.ise.mie.jp)